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わたしの知らない母

 母は父と共に漁に出ていた時期があります。春から夏は夜、秋から冬は昼間漁に出ます。春と秋で漁法が違うみたいです。瀬戸内海では小型底引き網漁法・・とか言ってましたね。

 冬になると、タマガンゾウヒラメが獲れるようになります。これを海水で洗いはらわたを出して、えらから口に縄を通して干します。この干物は『でべら』と言って尾道名産となっていますね。高級みやげです。昔はたくさん獲れたので、どのうちにも軒先にこのでべらを干していました。でべらは炭火で炙って骨をはずし砂糖醤油につけておくと便利な常備采になりました。
 漁に行くときには、この砂糖醤油につけたでべらをごはんの上に乗せていきます。食べるころにはごはんに味がしみて絶品でした。漁師の弁当は、ほとんど毎日このでべら弁当なのです。

 わたしが高校生のころだったでしょうか、大阪から父の従兄弟が遊びに帰ってきました。漁に連れて出て欲しいと言うので、その日の弁当は3人分。気の利いた弁当が作れないからと、母は私に弁当作りを言いつけました。わたしだってまともな弁当は作れませんが、卵焼きとソーセージと・・・そんな弁当だったと思います。
 弁当を持って、父と母、おじさんは漁に出て行きました。
 漁から帰ったおじさんは、ほんとにがっかりした様子で私に弁当ガラをくれました。
『わしは、でべらの載った弁当が食えると思って、ほんまに楽しみにしとった。弁当箱の蓋をわくわくしながら開けたら、ソーセージ。ほんまにがっかりした』
 おじさんは、漁に出て、船のうえで食べるでべら弁当を楽しみにしていたのでした。でべら弁当なら一番簡単なのに、それならいつもの弁当にすればよかったと、母と顔を見合わせて笑ったものです。

 父はとてもイタズラ好きでした。ある日、母は巻きずしを1本新聞紙に包んで漁に持っていきました。昼になり、さぁ、巻きずしを切って食べようと新聞紙を広げてみると、中に包んであったのは巻きずしと同じ大きさの竹だったと。
 あとで母から聞いた話では、父は一人ですしを食べた後、竹を新聞紙でぐるぐる巻き、その上、ご丁寧に時計まで遅らせていたそうです。父のイタズラに、母はいつも負けてばかりだと思っていたのですが、母も父に反撃していたようでした。その話は母の死後聞いたのですが、へえ~! あのお母さんがそんなことを? とにわかには信じがたいことでした。それがどんな話だったか? すみません、忘れてしまいました。また思い出したら書きます。

 父と一緒に漁に出て、母がはっきり父に対して怒ったのは、父のせいでまともな『わたしの城下町』が歌えないことでした。父はとてもオンチでした。船の舵を取りながら、

 ♪こ・お・し・ど・をっ  く・ぐ・り・ぬ・けっ  み・や・げ・る ゆやけの~をっ そらにっ・・・

 このフレーズを延々と繰り返すのです。父の歌が耳について、まともな節が歌えなくなったと母は嘆いていました。
 父の笑顔が浮かぶようです。


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おもしろおかしく 笑って暮らしたいと思っています



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