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姑と嫁・嫁同士

 父は男ばかりの三人兄弟の長男。一時3人とも宇部で漁師をしていました。子供が全員小学校に入学するころには全員引き上げて帰ってきて、近くに住んでいました。

 次男の嫁は気分屋さんで、気に入らないことがあるとプイとよそを見るような人で、姑とも合わなかったので当然私たちとも疎遠でした。
 三男の嫁は洋裁が出来て気が利いてて、町民運動会では徒競走で大活躍でした。母に対しては『本家のねえさん』として立ててくれるだけでなく、優しく母をかばってくれたり、母ができないことを補ってくれたりしていました。わたしのことも、子供のころから『たっこちゃん』と呼んで可愛がってくれました。

 姑はやはり長男の嫁には厳しく、母が泣いているのを何度も見ました。
『おまえのお母さんは・・・』
と祖母はわたしに母のことを言いました。
『わたしのお母さんの悪口を言わんといて!』
と勝気な私は祖母に逆らったものです。

 父の死後、姑の母への風当たりはますます強くなっていきました。床に伏せるようになって下の世話を母にさせながらも母をなじるのでした。
 そのころ、買い物に行った母が、
『お釣りの計算ができなくなった、つらくて頭が回らない』
と泣いていたのを覚えています。

 姑は晩年、何度か入院し生死の境をさまよい、そのたびに枕元に嫁を集め、何度もよみがえりました。姑の世話をしたのは母と3番目の嫁でした。
『ねえさん、これが嫁の勤めじゃけ、がんばろう』
『勤めじゃと思うたら、臭くないのぉ』
 2人が玄関先で話していました。そのころはわたしは嫁いでいて、嫁というものは強いなあ、偉いなあと感心して聞いていました。ところが、母と叔母の次の言葉でわたしは現実を知るのです。
『ねえさん、姑が死んだら、餅をつこう!』
『そうじゃ、餅をつこう!』
 昔の嫁は姑に対して逆らわず、従順で、老後の世話も厭わずするけれど・・・死んだら餅をつくのかぁ。

 母の違う一面を見た思いでした。

 (何だか不謹慎な話で申し訳ないです)もちろん! 餅はつかなかったですよ。




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《どうにかなる!》で いろんな坂道を歩いてきました
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