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大盛りごはんをお供えする

 10月19日が49日でしたが、兄弟の仕事の関係で前日の18日日曜日に法要を行いました。わたしたち兄弟3人の家族、16人でした。

 本堂で法要をし、納骨でした。

 法要の後、実家の仏壇のお位牌を兄が全部徳島へ持って帰る事になっていました。仏壇には曽祖父母の位牌や祖父母の位牌、父の位牌、兄の子供の位牌など6柱収めてあります。真言宗なので、それ以前の先祖の位牌はくりこし位牌に収められてあります。
 兄が新しく仏壇を購入するので、現在くりこし位牌に収められている白木の位牌を出してみると、ふたつと同じサイズの白木がないのです。和尚さんが書いたらしき白木があり、どう見ても父の筆跡の白木ありで、いったいどうなっているのか?
 仏間には曽祖父母、祖父母、戦死した大叔父、父の写真が飾ってあります。写真も全部兄が持って帰って、コンパクトなものにする予定だそうです。全部の写真を下ろして額からはずしました。
 祖父母の写真の下にもう一枚写真が出てきました。祖母の写真でしたが、体に比べ頭が異様に大きいもので、みんなで大笑いしました。父が写真屋さんに頼んでいたもののようでした。むかしは遺影用に喪服と顔を合成して作っていましたね。それでも、その出来のまずさには抱腹絶倒でした。
 父は、自分が親を送る予定で写真をこっそり用意していたのでした。実際は父が早く死に、祖母はその8年後に亡くなっています。
 家を片付けていて、父のいい加減さにあきれることばかりでした。何事にもこだわらない、おおらかな・・・とも言いますが。

 法要の後、気になっていたことを兄にいいました。
 母の最後の息と同時に母のおなかがくぅ~となったのです。胃婁にして3年、食事はしていませんでした。最後の3日間はその栄養剤さえ受け付けなくなり、絶食状態でした。
 家で葬儀をした場合、枕元にお団子と大盛りのご飯に箸を立ててお供えします。そのごはんとお団子を出棺前に6文銭とともに袋に入れるのです。葬祭ホールではお団子もごはんもなかったのです。6文銭だけを持って母は旅立ちました。それが気になってたまりませんでした。
 元気なころから、母は徳島へ行くと腹が減る、とこぼしていました。兄嫁は自分が小食なものだから、人にも少ししかごはんを注ぎません。お代わり!を言えなかった母はおなかをすかせて帰ってきていたのです。
『毎朝、お母さんにごはんを供えるときには、大盛りにしてやって!』
と兄夫婦に言いました。


 翌19日の49日には、福山の兄一家とわたしだけで墓づとめをしてもらいました。用意していたご飯をお墓に供えました。和尚さんが来られて、
『そのご飯はお経が終わったら持って帰りなさいよ』
と教えてくださいました。

 それ以後毎日お墓参りに行っていますが、仕事がおやすみの日にはごはんを、仕事の日にはわたしのお弁当をお供えしています。お水を注いで線香をつけ、和尚さんに教えてもらったお経をあげています。わたしにできるのはこれだけかな。
 お弁当を供えるときには、
『おかあさん、粗末な弁当で悪いなあ』
と言いながら。お経が終わると大急ぎでお弁当を包んで、
『仕事に行ってくるでぇ』
と言います。

 先日、お寺から来年の年忌表が送られてきました。最初のページに100年忌が載っていました。そこに曽祖父の名前とその子供の名前が書いてあります。
『へぇ~、100年忌ねえ・・・』
と・・・。その子供の名前が、『イリコ』
 聞けば、曽祖父は海産物の仲買をしていたとか。それで、『イリコ』ねえ・・・。

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Author:ゆいかばあば
《どうにかなる!》で いろんな坂道を歩いてきました
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