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姪の思い

 8月30日日曜日。

 ホームでの食事は、コンビニでおにぎりなどを買って来て済ませていました。たくさんも食べれないのですが、、さすがにコンビに弁当は飽きます。

 姪がお弁当を持って、子供3人連れてやって来ました。

 母の見守りも3日目になり、ずっと母のそばにつめている私たちを気遣い、ホームの職員さんが休憩室を貸してくださったので、お弁当はそこで食べることにしました。仮眠もそこで取って下さっていいですよ、と言ってくださいました。ありがたいことです。

 炊き込みご飯のおにぎりやから揚げやお刺身など、どっさり持ってきてくれていました。
『おばちゃん、おばあさんはもう死んでしまうん? もうよくならんの?』
と姪も落ち込んでいます。姪の母親が苦しんで死んだので、ばあちゃんが苦しんでいる姿を見るのは忍びないようでした。
『ばあちゃんは寿命が来て死ぬんだから、蝋燭の火が消えるように逝けるよ。みんなで見守ってあげよう』
と姪に話しました。


 次兄の妻が亡くなった当時、娘は中3、息子は中1だったように記憶している。葬式の後2ヶ月ほど、母が兄の家に行っていた時期がある。兄家族と母は疎遠であまり良い関係ではなかった。先日兄の家を掃除に行った時に姪がしてくれた話。

 前にも書きましたが、母について姪が話してくれたことを書きます。

 母さんが死んだ時、私は母さんのことをいろいろ知って、母さんは最低な人だと思った。その頃は父さんとも、まぁちゃん(弟)とも話をしたくなかった。そんな時ばあちゃんがうちへ来てくれて、家の事をいろいろしてくれた。
 母さんはばあちゃんの家に行かなかったし、ばあちゃんにお金をたくさん借りてそのままになっている。ほんとはばあちゃんはそんな嫁のいた家には来たくなかっただろうに来てくれた。ばあちゃんは母さんのしたことを一言も言わなかったし顔にも出さなかった。

 ばあちゃんは、朝ごはんを炊いてくれて、お弁当のおかずは私が作った。ばあちゃんは、しゃれたもんはよう作らんて、ごはんだけ炊いてくれた。晩ご飯もばあちゃんは魚か煮しめを炊いていてくれた。
 晩ご飯の支度が済むと、いつも裏口に出て、チャック(飼い犬)のそばの箱に腰かけて土手の上を眺めていたんよ。
『ばあちゃん、何を見ようるん?』
て聞いたら、
『お前らのお父さんが帰ってくるんを待ちょうるんよ』
て言った。
 それで、父さんにばあちゃんが毎日父さんを待ちょうるから、早く帰ってきてあげてって言った。父さんはこどもの頃ばあちゃんと暮らした思い出がないから、その時一緒に暮らしたのがすごく嬉しかったって。

 ばあちゃんがしてくれたことが嬉しかったから、免許を取ったらばあちゃんが行きたいところにはどこでも連れて行ってあげようって決めたんよ。
 ばあちゃんはもう良くならんのかねえ。
 わたしはばあちゃんを引き取って一緒に暮らしてもいいと思ってたんよ。


CA113EJK.jpg
 幼いころの2人を抱いた母です。

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