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病室での再会

 母と同じ病室に、同じ町内のおばちゃんが入院していました。母の元カラオケ仲間でもあり、同じ漁師の仲間でもあった人です。

 母の姿を見るのは何年ぶりかで、母の変わりように涙を流してくれました。
『カッコさん!(母の愛称です) しゃんとせにゃあいけんよ! ヨシコでぇ! わかるか?』
 おばちゃんの呼びかけに、確かに母の顔が変わりました。

 父と漁に出ていたころ母が父にきつく怒られていたことや、一緒にカラオケに行っていたころの楽しかった思い出を話してくれました。そのおばちゃんと母が遠い親戚だということもはじめて聞きました。

『あんたのお母さんは好いひとじゃった。お母さんを嫌う人はおらんでぇ』
 何よりうれしい言葉でした。

 数日して部屋を変わると、母の向かいのベッドにまた同じ町内の人がいました。

 なんと、母の同級生、それも大の仲良しのおばちゃんでした。いつも一緒に墓参りに行き、カラオケに行き・・・いつも一緒に行動していました。

 私が住んでいる島の人は、主人が亡くなると毎日墓参りに行きます。母も、父が死んでから母が歩けなくなるまでほぼ毎日墓参りに行きました。母は信心深いとは言い難く、墓の前や家の仏壇の前でお経を上げてるのを一度も聞いたことがありません。それでも毎日墓に行き、花とお水と線香をお供えして帰ってくるのでした。

 母の仲良しのおばちゃんが体の調子を崩しカラオケに行かなくなってから、母も日に日にカラオケから遠ざかっていきました。
 張り合いがなくなったせいでしょうか? 今思うと、そのころから母の認知も始まったように思います。

 母の耳元で、
『お母さん! モモコおばさんがおるよ!』
と言ってみましたが、母は微動だにせず。
『おばちゃん! お母さんもそこにおるよ。 おばちゃん!』
  おばちゃんも何度声をかけても、無表情でじっと天井を見ているだけでした。食事も全介助でした。

 母とおばちゃんが離れて何年過ぎたのでしょう?

 こんなかたちで再会するとは思ってもいませんでした。


001.jpg

 母を思うとき、なぜかいつも萩の花が浮かびます。

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