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 わたしの末っ子は生後半年くらいから姑さんがお守りをしてくれていました。私は自分で育てようと思っていたのですが、なにせ本家が目の前、それも働き者の両親です。
『おかあちゃん、わたしが守りをしてあげるから、内職をしなさい』
と姑さんの親切で内職を始めました。姑さんは綿入りの丹前を着て、その胸元に息子を入れて用事をしていました。

 ♪天から降ったか 地から湧いたか ようも生まれてきたもんじゃ

 こんな歌をよく歌っていましたっけ。
『おかあちゃん、乳やって』
と乳を欲しがって泣き出すと私の元へ連れてきてくれました。歩くようになると、ゲートボールへ連れて行きました。息子用に小さいスティックを作ってやると、それでイッチョマエにボールを打って遊んでいました。

 保育所に行くようになると、今度は保育所に近い母が迎えに行ってくれて家までつれて帰ってきてくれました。母は近いものだから日に何度も保育所を覗いて先生に注意されていました。子供たちが集中できなくて騒ぐんですね。覗いたらいけんと先生が言った、と母はひどくご立腹でした。お迎えにはおんぶ紐を持って行き、保育所の門の所で息子をおんぶするもんですから、又先生から注意。
『おばあちゃん、おんぶはいけません』
 母は次には乳母車でお迎えに行きました。これももちろん注意を受けました。

 息子が小学校中学年になったころ、姑さんと母から毎日小遣いをもらっていることがわかりました。それまでももらっていたらしいのですが、母も姑さんも、
『誰にも言うな、おまえだけにやる』
と言っていたそうで、忠実にそれを息子は守っていたわけです。姑さんに100円もらうと、次は母に家に行き100円もらい、姑さんが100円やっているのがわかるとは母は200円に、母が200円やっているとわかると姑さんは300円に・・・変なところで二人は対抗心を燃やしていたのです。
 それがわかったとき、2人に『甘やかさないで!』と言いましたが、
『これだけが楽しみじゃからやめられん!』
と聞かない二人でした。

 2人がいつも言っていた事は、
『おばあさんはこんなにかわいがっとるけど、大きくなって金儲けするようになったら、おばあさんに飴を買うてくれるかしら・・・』
でした。息子が働くようになったころには二人とも食べれなくなっていました。母の棺に息子は飴を入れました。

 誰にも言うな、兄ちゃんや姉ちゃんにも、お母さんにも言うたらいけん!
 そう言われて大きくなった息子は、おいしいものは自分だけ食べます。


 孫はおばあちゃんにとって愛してやまない存在。おばあちゃんとは愛しすぎて孫をだめにしてしまう存在。
 こんな諺がありますね。


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