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気の持ちようと言うけれど

 お寺の山門の脇の掲示板に、

   ありがたい 

   ありがたいと思って過ごしていれば

   ありがたいことばかり

 と書いてありました。

 毎日毎日、痛い、寂しい、歩かれん、覚えられん、わからんと訴える母がわが身に重くなり、何か母の気がまぎれるもの、それは即ちわたしの肩の荷が軽くなることに繋がるわけですが、それを求めて『瀬戸内寂聴法話集』を買い求めました。老いてからの気持ちの持ちようを説いたお話を聞けば、母も変わってくれるのではないかと期待していました。これは、全く母の耳には届きませんでした。老人ホームに持って行きお年寄りに聞いてもらおうとしましたが、やはりここでも誰一人耳を傾けませんでした。このお話はいいねえ! と思ったのは私たちこれから老いを迎えるものたち。老いてからでは手遅れのお話だと思いました。

 次に私が考えたのは、母に干し柿を作ってもらうこと。これなら暇々に柿をひとつずつ剥いてもらえば気がまぎれてよかろうと。道の駅へ行って渋柿を一箱買って来て母のところへ持っていきました。
『お母さんの気分のいいときに、ちびちび剥いてちょうだ。後でわたしが吊るしてあげるけぇな』
 そう言って家に帰りました。
 翌朝早く、母から電話がかかりました。
『お前はいつ来るんな! おまえがあんなもの持ってくるけぇ、一晩中寝んと剥いだ。早よう来て吊るしない!』
 母は夜中じゅうかかって柿を剥いたのでした。まさか一晩で剥いてしまうとは・・・。干し柿も失敗でした。

 あ、そうだ! 楽しいことを考えればいい! そう思って、母にノートを渡しました。
『このノートに、なんでもいいからその日にあった楽しかったこと、面白かったことを書きなさい』
『面白いことが、なにあろうに』
 母はノートを受け取りませんでした。
『なんでもええんよ。今日食べたものがおいしかったことでもええし、テレビで面白いのを見たことでもええし・・・』
『なんがおもしろかろうに・・・まあ、ええ! 置いときない』
 確かにそのころの母は、テレビにも興味を示さなくなっていました。大好きだったカラオケも、レーザーディスクの扱い方自体を忘れてしまっていたのです。
 母に渡したノートには、ひらがなとカタカナの混じった字で、デイサービスへ行く日とお医者へ行く日が何度も何度も書き込んでありました。それを覚えることすら出来なくなって辛いばかりの日々だったことがわかります。

 わたしの心にもう少し余裕があれば母の気持ちを受け止めることが出来たのに、と後悔ばかりが残ります。


 ありがたいと思って過ごせばありがたいことばかり・・・この言葉を受け止めることができる今、感謝の気持ちを忘れずに!


 
 この冬最後の手編みの靴下は、孫のために。糸を変えるのが面倒になったので、
『模様が右と左、違ってもいい?』
と聞くわたしに、
『いいよ~!』
 寛大な孫に感謝!

                keitonokutushita.jpg


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《どうにかなる!》で いろんな坂道を歩いてきました
おもしろおかしく 笑って暮らしたいと思っています



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